- 作者: 池田清彦
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2008/07
- メディア: 新書
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結構ふつうの本,というのがこの本を読んだときの印象。太字になっている用語も,ありふれたものであるし,その解説も多くは教科書的だ。「人が60兆個の細胞からできている根拠は何か」とか,「優性の法則」なんてものはないとか,という展開があればおもしろいのだが,これらはふつうに書かれていた。
DNAは生命の設計図ではない,獲得形質は遺伝するという「過激」なフレーズが,本の帯に書かれている。もちろんこれらについて,著者らしい記述はあるが,これらの主張はわたしにはいまひとつ興味がわかない。
なお,いつも思うことなのだが,この著者の本が中高生向けの新書になるのは驚きだ。きちんと勉強していて,批判的思考に慣れているには中高生にはよいが,いまどきの真面目なよい子には,誤解や混乱をまねくのではないかと心配する。いや,批判的なものの見方の育むことが大切だと思っているわたしが,このような消極的なことではいけないのかも。
ここからは,読んだときに気になった内容。
リーディング鎖よりもラギング鎖でエラーが起こりやすい。リーディング鎖の系列は,突然変異の蓄積も少なくて安定している。ラギング鎖の系列では,突然変異の蓄積があり,ふだんは生き残りにくいが,環境が変わったときに有利に働く。リーディング鎖の系列とラギング鎖の系列という,このような考えは新鮮だった。(P.24〜)
「個体は遺伝子の乗り物ではなくて,生殖細胞の乗り物なのである」は,この著者らしい記述である。(P.61)
細胞ががん化するのは,分裂を起こすときの遺伝子異常。心筋細胞や神経細胞は,大人になってからはほどんど分裂しない。したがって,大人になってから,これらの部位に起こるがんの多くは,転移してきたものと考えられる。脳腫瘍は,転移してきたものか,グリア細胞ががん化したものかによる。(P.64)
細胞分裂を抑えているのがRbタンパク質。このタンパク質は,リン酸化されると働きを失い,細胞は分裂をはじめる。Rbタンパク質をリン酸化するのがキナーゼCdkという酵素で,それを活性化させるのがサイクリンと言う酵素。
サイクリンをつくる遺伝子に異常が生じ,サイクリンをつくり続けると,Cdkは常に活性化される。そのため,Rbタンパク質はリン酸化されたままになって機能を失い,細胞は分裂をし続ける。
サイクリンをつくり遺伝子は,原がん遺伝子と呼ばれており,これが異常になったものががん遺伝子である。なお,相同染色体のうち一方の遺伝子に異常に起こるだけで,サイクリンをつくり続けるため,細胞分裂はとまらなくなる。つまり,この遺伝子は優性である。
このように細胞分裂をとまらなくする遺伝子もあれば,それをおさえる遺伝子もあり,これをがん抑制遺伝子という。Rbタンパク質もがん抑制遺伝子の一つである。Cdkの働きを抑える遺伝子もがん抑制遺伝子になる。がん抑制遺伝子は,相同染色体のうちの一方に異常が起こるだけでは,もう一方の遺伝子があるため,その働きは維持される。つまり,この遺伝子は劣性である。(P.64〜)
鎌状赤血球貧血症とマラリアの関係はよく聞く。これに類する別の例として,ヘモクロマトーシスが紹介されていた。欧米に多い遺伝病で,鉄代謝が異常になる。ヘテロでも軽症患者がいることから,この遺伝子以外の要因も発症にかかわっているらしい。しかし,この遺伝子は適応的ではないにもかかわらず,残っているのはなぜか。それがペストと関係があるという。この病気の人はペストに強い抵抗性があり,ペストの流行が,この遺伝子を増加させていたと考えられている。(P.86)
調節遺伝子は,働く場所によって,その機能が異なる。同じ遺伝子であっても,ヒトの眼をつくったり,昆虫の複眼をつくったりする。つまり,遺伝子が重要なのではなく,そのような状況に細胞があることに着目すべき,といったところが,著者の主張か。(P.100)
X染色体とY染色体に関しての本。
「X染色体」デイヴィッド・ベインブリッジ著/長野敬,小野木明恵訳(青土社,2004年)
「Y染色体」スティーヴ・ジョーンズ著/福岡伸一訳(化学同人,2004年)
遺伝子重複の原因には,ゲノム重複と不等交叉があるらしい。ゲノム重複は,ゲノム全体が倍加する現象で,これはよく知られていると思う。不等交叉は,減数分裂時に遺伝子組換えの位置がずれることにより生じるらしい。これは知らなかった。単に,わたしが勉強不足だけだったのかもしれないが。(P.142)