「現代免疫物語」岸本忠三・中嶋彰(ブルーバックス)

現代免疫物語―花粉症や移植が教える生命の不思議 (ブルーバックス)

現代免疫物語―花粉症や移植が教える生命の不思議 (ブルーバックス)

免疫について,エピソードをまじえながら,わかりやすく解説していく。たいへん興味深い内容も含まれており,楽しみながら一気に読んだ。
特に,結核がアレルギーであるという話には驚いた。説明を聞くと確かにそうなのだが,このような考え方は,最近できるようになったのだろうか。免疫やアレルギーの研究は,ますます進んでおり,その情報は,何らかの形にして,多くの人がわかるようにすべきであろう。
高校の生物でも,免疫を扱うようになっているが,多くの生徒が履修する生物1では,分子的な取り扱いを避けたり,表面的な現象に限られる。もう一歩踏み込んだところがおもしろいし,科学そのものの理解につながるように思う。そして,本質を理解することで,身近なさまざまな選択を可能にするのではないだろうか。
何だか抽象的な話になってしまった。ここから先は,おもしろいと感じたことをまとめたもの。この本を楽しみたいなら,これから先は読まない方がよいかも。

IgEのEの由来
石坂夫妻が発見したIgEのEは,紅斑を意味するerythemaのEと,アルファベットの5番目の文字であることによる。紅斑は,皮膚に注射して赤く腫れるので調べたから。IgEは5番目に発見された抗体だから。

アトピーぜんそくにはステロイド
アトピー性皮膚炎や気管支ぜんそくでは,好酸球が皮膚や気管支にダメージを与える。好酸球ステロイド(副腎皮質ホルモン)によってアポトーシスを誘発する。だから,アトピー性皮膚炎や気管支ぜんそくにはステロイドが有効。ただし,ステロイドは,免疫系の多くの細胞の働きを抑制するので,副作用にも注意が必要。

イヌの実験から,アナフィラキシー・ショックは発見された
アナフィラキシー・ショックを発見したのはフランスの研究者,シャルル・リシェ。イヌに毒素の注射を繰り返したところ,イヌがショック死した。これにより,アナフィラキシー・ショックを発見した。イヌは,アレルギーの向かわせる免疫細胞や肥満細胞を多くもっているので,アナフィラキシー・ショックも起きやすかった。イヌを使わなかったら,この現象の発見はもっと遅れていただろう。

アナフィラキシー・ショックの名の由来
病気予防(プロフィラキシス)に働くはずの免疫が,逆に生きものを攻撃することから,「プロフィラキシスの逆」という意味で「アナフィラキシー」と呼んだ。

結核もアレルギー
結核菌はマクロファージに感染する。感染したマクロファージはキラーT細胞がアポトーシスを誘導して排除する。このようにして,感染がおさまればよいのだが,この戦いは激しくなることがある。マクロファージが大量導入されると,マクロファージが融合して肉芽腫とう病巣をつくる。マクロファージが出すタンパク質分解酵素や,ヘルパーT細胞が出す情報伝達物質により,肉芽腫の中心部分が腐敗する。肺細胞もこの影響を受けて,肺に空洞ができる。これが結核の症状だ。

死んだ結核菌でも肺に空洞が
死んだ結核菌からでも,肺に空洞ができることから,結核もアレルギーであるといえる。山村雄一は,ウサギに結核菌を注射して,肺に空洞をつくる実験をしていた。そこで,死んだ細菌を注射しても,肺に空洞ができることを発見した。死んだ結核菌に2次反応した免疫系は,結核菌感染と同様に,大量のマクロファージを投入して肉芽腫をつくり,肺を空洞にしたのだった。

DNAワクチン
病原体の遺伝子をプラスミドに導入した大腸菌に感染させ,抗原にあたるものを体内でつくる。それに反応して免疫系が準備をするため,ワクチンと同様の効果が期待できる。また,通常のワクチンは,完成してからでは効果がないのに対して,DNAワクチンは,キラーT細胞をつくり出すため,治療にも役立つ可能性がある。

キラーT細胞の働き
ヘルパーT細胞の指令でB細胞が抗体を産生する。では,キラーT細胞の役割は何か。ウイルスが細胞に侵入すると,抗体は機能しなくなる。このとき,キラーT細胞の出番になる。キラーT細胞は,感染した細胞全体を殺してしまうのだ。こうしてからだを感染から守る。

B細胞,T細胞の研究成果はノーベル賞の対象外
B細胞やT細胞の働きは,多くの研究者のさまざまな研究からわかってきたこと。そのため,いつ,だれが,どのようにして,その働きを発見したかは特定できない。これらの研究成果は,ノーベル賞の対象にならなかった。

ホルモンもサイトカインか
免疫細胞で発見された細胞情報伝達物質の総称であるサイトカイン。その後,神経細胞でも情報伝達物質が見つかり,徐々に拡大解釈されるようになってきた。さらに,ホルモンとの境界もあいまいになってきている。

CG配列が免疫機能を向上させる
大腸菌にプラスミドにはCG配列が際立って多い。DNAワクチンの研究過程で,このCG配列が免疫機能を高めることがわかった。CG配列がマクロファージに働き,マクロファージがIL12を放出する。マクロファージには,CG配列の受容体TLR9があることも最近わかった。ヘルパーT細胞には,免疫機能を果たすヘルパーT細胞と,アレルギーを引き起こすヘルパー2T細胞とがある。IL12はこの2つのヘルパーT細胞のバランスをずらして,ヘルパーT細胞を多くする。CG配列は,免疫機能を高める機能とともに,アレルギーを抑える働きにも期待がもたれている。

新しい免疫抑制剤
ヘルパーT細胞が出すIL2によって,移植臓器を攻撃するキラーT細胞が集まってくる。カビがつくっているシクロスポリンという物質は,ヘルパーT細胞が IL2をつくるのに欠かせない酵素カルシニューリンの働きを抑制する。シクロスポリンを使った免疫抑制剤は,移植臓器にのみ働き,他の免疫系に与える影響が少ない。

日本生まれの免疫抑制剤
シクロスポリンとほぼ同様に機能をもつFK506(タクロリムス)は,アステラス製薬からプログラフの商品名で発売されている。

骨髄移植による拒絶反応
通常の臓器移植で起こる拒絶反応は,免疫系が移植された臓器を攻撃する宿主対移植片反応(HVG)。骨髄移植で起こる拒絶反応は,移植片が宿主を攻撃する移植片対宿主反応(GVH)になる。

免疫に関する遺伝子はX染色体上に多い
重症複合型免疫不全症候群(SCID)は,原因となる遺伝子がX染色体上にあるため男に多い。他の免疫不全症も男に多い。免疫に関係した遺伝子がX染色体上に多くあるから。免疫が放射線に弱いわけ免疫細胞は,絶えず誕生と消滅を繰り返している。細胞が増殖するとき,遺伝子が無防備になるときがある。ここに放射線があたると,遺伝子は断片化して機能しなくなる。生命の設計図である遺伝子が破壊されるのだ。免疫細胞以外にも,腸管上皮細胞なども分裂がさかんであるため,放射線の影響を受けやすい。

B細胞のBの由来は
ニワトリのファブリキウス嚢を除去すると,B細胞がつくられなくなる。B細胞のBは,ファブリキウス嚢(Bursa of Fabricius)のBursaのBとも言われている。
※ヒトのB細胞は,骨髄(Bone marrow)で分化するから,BoneのBとも書いてあるが,ほんとうはBursaではないか。

ヌード・マウス
ヌード・マウスは,体毛がないだけではなく,胸腺もない。この2つが同時になくなるのは,同じ遺伝子でできているから。胸腺のないヌード・マウスは,ヒトのがん細胞などが移植でき,研究に重宝。

MHCの拘束性
T細胞が非自己を発見するためには,MHC分子とそこに提示された抗原との両方を見る。T細胞はMHC分子なしては,抗原を識別できない。これを「MHCの拘束性」という。がん細胞はなぜかMHC分子がない。そのため,免疫系はがん細胞を攻撃できない。

2種類のMHC分子
すべての細胞にあるMHC1分子と,免疫細胞にあるMHC2分子の2種類がある。

キメラ細胞の培養から染色体の働きの研究
センダイ・ウイルスをつかい細胞融合させてキメラ細胞をつくる。キメラ細胞を培養すると,染色体が1つずつ欠落していく現象が起こる。これを利用して,それぞれの染色体上に,どんな遺伝子があるかを調べる研究が進んだ。ヒトの6番目の染色体にMHC分子をつくる遺伝子があることも発見できた。

がん細胞と正常細胞の融合から
がん細胞と正常細胞を融合すると,正常細胞ができる。このことから,がん抑制遺伝子の概念が生まれた。

抗体医薬は21世紀の花形
病気の原因のどこかに関わる物質を抗原とする抗体を薬として利用する。がんやリュウマチなどの治療薬として注目されている。がん細胞に栄養を送る血管内皮細胞増殖因子(VEGF)を抗原とするもの,リウマチの原因になるIL6やTNFを抗原とするものなど。

腎臓は赤血球増多因子をつくり出す
腎臓の機能のうち,不要物質を除去する機能は人工透析で代替できるが,赤血球増多因子をつくりだす機能は代わるものがなかった。そのため,腎機能不全の人は,貧血症にも悩んでいた。

インターロイキン
1979年,スイスで開かれた国際会議で,免疫を調節する情報伝達物質をインターロイキンと呼ぶことが決まった。インターロイキンは,白血球の間をつなぐという意味をもつ。

日本では個人が企業活動の中に埋没
学術や科学の世界で,高く評価されるべき優秀な研究者が,日本では企業活動の中に埋没している。個人としても,企業としても輝く。そのような思想をもつ企業が日本に現れてもいいころだ。

因子とその受容体はタイミングよく機能する
情報伝達物質には複数の働きがある。にもかかわらず,うまく機能するのはなぜか。たとえば,ウイルス感染した場合,反応するのはヘルパーT細胞だけではない。ヘルパーT細胞がZ因子を放出するのと同時期に,B細胞はZ受容体を出現させるのだ。また,受容体が現れるのも一瞬なので,これらの関係はうまくいく。

多様性を欠いた生物は滅ぶ
チーターは,近親交配が重なり,個体間のMHC分子の差がなくなった。多様性を欠いた生物集団は弱いもので,腫全体が滅びつつある。