蛍光タンパク質を使ったバイオイメージング

オワンクラゲの蛍光タンパク質の発見は,下村脩ノーベル賞受賞で一般にもよく知られるようになった。調べたいタンパク質をつくる遺伝子に,蛍光タンパク質の遺伝子を導入すると,タンパク質が蛍光を示すようになる。蛍光を利用して,調べたいタンパク質の動きなどを観察できるのだ。それまでの研究では,生きたままの状態で,細胞や生物内の物質の働きを観察することはむずかしかった。でも,この方法により,細胞や生物が活動しているようすを,分子レベルで観察することが可能になった。

それまででも,蛍光物質を細胞内に入れて調べる方法はあった。でも,目的の場所に,十分な量の物質を入れることはむずかしかった。調べたい生物の調べたいタンパク質をつくる遺伝子に導入すれば,その生物の活動とともに,蛍光を示すタンパク質が生産される。

また,遺伝子を操作したり,他の生物から取り出したりして,緑色蛍光タンパク質GFP,green fluorescence protein)だけでなく,青色や黄色,赤色などいろいろな色の蛍光タンパク質をつくることができた。色分けによって,同時に複数の分子の動きを観察できるようになった。ここまでは,わたしも何となく理解できた。

しかし,いろいろな色の蛍光タンパク質は,もっと奥深い活用があった。それはFRETという現象を使う。

そもそも,蛍光は,発光と違って自ら光を放つわけではない。ある領域の光を吸収して,そのエネルギーを別の領域の光として放出するのが蛍光である。たとえば,下村の発見したGFPは,紫外線を吸収して,緑色光を放出する。身近な例では蛍光灯。ガラスの内側に塗られた蛍光物質が,放電によって生じた紫外線を吸収して,人が見える光を放出している。

たとえば,紫色光を吸収して青色光を放出する蛍光タンパク質Aと,青色光を吸収して黄色光を放出する蛍光タンパク質Bとがあるとする。この2種類の蛍光タンパク質が非常に近い距離にあるとき,紫色光をあてると黄色光を放出する。タンパク質Aが紫色光を吸収して青色光を放出するが,その青色光をタンパク質Bが吸収して黄色光を放出するのである。このような現象をFRET(fluorescence resonance energy transfer)という。

次に,あるタンパク質分子Xに上記の蛍光タンパク質Aを,別のタンパク質分子Yに上記の蛍光タンパク質Bを,遺伝子操作によっていっしょにつくられるようにする。このような状態で,紫色光をあてると,分子Xと分子Yとが近いときには,FRETによって黄色光を放出し,十分に離れているときには青色光を放出する。

このようにすることで,2つのタンパク質分子が接近して影響し合っているかどうかを調べることができる。生命活動の研究では,分子どうしがどのようにかかわっているかを,生きたままの状態で知ることが大変重要である。蛍光タンパク質を組み合わせることで,それを確かめることができるのだ。

さらに,カルシウムイオンの濃度などをはかることも可能になった。カルシウムイオンの濃度によって,形を変えるタンパク質がある。これに上記の2種類の蛍光タンパク質を,遺伝子操作でいっしょにつくられるようにする。このようにすると,カルシウムイオンの濃度によって2種類の蛍光タンパク質の位置が変わり,蛍光色が変化する物質ができる。これを使えば,蛍光色の変化によってカルシウムの濃度をわかる。

かなり単純に書いたが,このようなことによって,さまざまな生命活動を視覚的に捉えることが可能になった。このような手法をバイオイメージングという。バイオイメージングは,分子レベルの生命現象を視覚化することで,生命科学の研究に大きな影響を与え続けている。

これらのことについては,次の資料がわかりやすかった。

ILLUME」 35号(2006 Vol.18 No.1)pp.4-21(東京電力
生きた細胞内のダイナミックな変化を見たい
〜蛍光タンパク質を使ったイメージング〜
宮脇敦史(理化学研究所脳科学総合科学研究センター)

光るクラゲがノーベル賞をとった理由―蛍光タンパク質GFPの発見物語

光るクラゲがノーベル賞をとった理由―蛍光タンパク質GFPの発見物語

なお,上記「ILLUME」で,宮脇敦史が次のようなことを言っていたのが印象的だ。

彼らは,いわゆるシグナル伝達マップをほぼ完璧に把握しており,「この分子とこの分子が,生きた細胞の中で実際に相互作用をしているかどうかを確かめたい」という。(中略)しかし,バイオイメージング実験に臨むときには,他の手段による実験結果からは見当もつかないような事実を見いだすという余裕をもってほしい。遊び心をしのばせてほしい。(p.21)

ある目的に向かって,無駄なく効率的に処理していく。そつがなくスマートで,次々と成果があげられる。若い優等生たちのすがたが目に浮かぶ。

でも,それだけでよいのか。わたしもよく感じることだ。年をとったからなのか,「最近の若い者は…」といったところだ。

下村のGFP発見にかかわる逸話はいろいろと報道されている。また,彼は,GFPの蛍光のかかわる部位を特定したところで,自分の仕事は終わったと言わんばかりに,別の物質の研究に移っていった。とことんのめり込んでやり尽くす。そしてまた次の課題へ向かっていく。ここまではできないことだが。