がんというミステリー

がんというミステリー (文春新書)

がんというミステリー (文春新書)

これはおもしろい。この著者は,物語のように読者を引き込んでいく才能がある。がん発生のしくみの解明や,がん治療法の開発など,がんに関わるいろいろなことがらが,わかりやすく,歴史的背景も踏まえながら,しかも思わず先が読みたくなるような展開で書かれている。
ウイルヒョーの名は,細胞説を発展させた人として知っていたが,公衆衛生や医療設備の充実のため,社会改革にも積極的だったこと,そのためにビスマルクと対立したことなどは,非常に興味深い内容だった。このように,科学者を科学的な成果だけでなく,幅広く紹介する点も,この本の楽しみのひとつになっている。
人工的にがんをつくり出すことは,がん発生のしくみの解明や,がん治療法の開発には欠かせない。その研究には,日本人が深く関わっていた。本来はノーベル賞を受賞しても不思議でない研究だった。他の研究が受賞したことは,その後ノーベル賞選考のトラウマとなり,がん研究の受賞が減ったほどだ。
がんが局所的なものであるなら,手術で取り除けばよい。外科手術の進歩とともに,手術法が確立していき,外科的治療が多く行われるようになった。安全のため,周辺臓器やリンパ節をも除去する方法は,現在では見直されつつある。
毒ガスから抗がん剤が生まれたことも驚く。抗生物質は,結核治療などに大きな成果をあげた。がんにも抗生物質が効くのではないか。抗がん剤を求めて,大規模なスクリーニングが行われたが,大した成果はなかった。
そのようなときに免疫療法が登場する。医者が治療できないと判断した患者の中にも,長期に生存するものがいる。調べていくと,感染症にかかっていた。末期がんの患者に,細菌感染をさせるという危険な治療法も行われた。
免疫寛容説,クローン選択説は知っていたが,それらを別々のものとしてとらえていた。しかし,よく考えれば,同じ考え方にもとづくものであることがわかる。もともとはウイルス学者であったオーストラリアのバーネットは,これらの説を唱えて,免疫学を大きく発展させた。その彼の「免疫監視機構説」はブームをもたらしたが,結局は免疫療法は成功しない。
がんウイルスの発見,がん遺伝子の発見,がんの遺伝子治療など,徐々に現在に近づく。がんの研究の歴史をふり返ると,こんなことが最近までわかっていなかったのかと驚くこともある。がん発生のメカニズムは解明されつつある。しかし,解明されるほどに,その克服の困難さがわかってくる。「タマネギの皮をむけばその下にまた新しい皮が見つかる」というワインバーグの言葉が引用されている。「がんの研究は生命現象の研究」である。