「私はうつ」と言いたがる人たち

「私はうつ」と言いたがる人たち (PHP新書)

「私はうつ」と言いたがる人たち (PHP新書)

医師の診断というものは,どれほど科学的なものなのか。そのような疑問や不安が,わたしにはある。さまざまな検査をして,それらに基づいて理屈とともに説明を受ければ納得もできよう。20年ほど前,花粉症がひどかったときに,会社の近くの耳鼻科に行った。大きな病院の耳鼻科部長の経験もした老医師だった。その医師の「花粉症なんてものはない」という一言に,わたしはことばを失った。そして,二度とそこには行かなかった。
「うつが流行?」してきたころ,わたしの勤める会社でも,うつと診断されるものが出てきた。そして,精神科の診断は,いったいどのように行うものなのだろうかと疑問に思った。医師の主観や,これまでに診断した患者の状態,教育を受けた環境などによって,診断が異なるのではないかと。
現在のうつの診断は,ベテランがしても新米がしても変わらないように,その診断基準が明確になっているらしい。それに基づいて診断するのが一般的なのだろう。しかし,その機械的な診断の限界が見え隠れしているようだ。また,病気の原因を考慮しないために起こる問題もある。
たとえば,非常に責任感が強く,几帳面な人が仕事に追われた果てにうつ病になる。それでも責任を果たそうと働き続けてさらに悪化して休職。一方,仕事はほどほどで,趣味に生きていた人が,失恋で大きく落ち込み,うつ病と診断されて休職。病気と診断されれば同じことだと,理屈はわかっても,なかなか納得できるものではない。
うつ病アイデンティティになったり,病気療養中に気分転換と海外旅行に出かけたりするものがいる一方で,うつ病と知られると会社をやめなくてはならないからと,病状を隠して働き続けるものもいるという。うつ病も二極化しているようだ。
うつ病をもう少し分類して,それぞれに適した治療をする必要もあろう。仕事のストレスによるうつ病が増えている,という話は一般にはうなずいてしまいそうだが,それに対する疑問も書かれている。このようなことはもっと研究をして,精神科の診断をより確かなものにして欲しいものだ。
この著者の本は,いままでに何冊か読んだ。最初のころに読んだ本は,批判的な切り口が心地よく,また知らない情報が得られて,新しい本が出るとすぐにチェックしていた。だが,最近のものは内容が軽く,読んだあとに残るものが少ないように感じていた。
この本には,知らない情報があり,またその内容も興味深かった。ただ,著者が何を主張したいのかがいまひとつつかめない。本の展開もしっかり組み立てられているようには思えなかった。興味深い話を,だらだらと聞かされているという印象。本書の内容を,資料や実例を踏まえながら,主張とともにまとめ上げるたものをぜひ読みたいと思った。