模写だっていいじゃないか

会社に入って1年目の真冬,23年前の2月に母が亡くなった。もう23年も前のことだ。わたしが大学受験に失敗し,浪人しているときに,母は最初の手術をした。その手術は,死因になったがんとは別の病気だったが,頸椎の手術は,母の運動能力を一時損なった。
何とかもとに戻りたいという本人の強い思いもあったのか,リハビリに励み,かなり回復した。元気になってきたとき,水彩画を描きたいと,絵の具や筆などをそろえた。NHKきょうの料理のテキスト表紙にあった,かごに盛ったナスの絵を模写していた。
わたしは,どうせ描くのなら,模写ではなく,実物を見て描いたらよいのにと思い,そのように言った。いや,結構,強引にそれを勧めた。母は困惑した表情。その当時,その困惑の意味すらわからなかった。
別に実物をきちんと描かなくたって,本人が楽しめればそれでよい。いまならそう思う。せっかく楽しんでいたのに,余分なことを言ってしまった。模写でもいいではないか。素直にそう思えるいまと,そのようなことが考えられなかった当時の自分とは,何が変わっているのだろうか。