ゲノムサイエンス

ゲノムサイエンスのはじまりから,ヒトゲノム計画,さらにポストシーケンスにおけるゲノム科学までをまとめたもの。日本のヒトゲノム計画の第一人者によるものであり,ヒトゲノム計画は何であるのかを知るのによい本である。
わたしは,はじめてヒトゲノム計画について知ったとき,人と金をかける価値があるのか疑問に思っていた。全ゲノムを解析して,何になるのだろうかと。
その一方で,天文学などの実利と関係ない科学に対して,それが何の役に立つのかと問うことについて,わたしはよく思っていない。このような科学は,文化そのものであり,人間の探究心を満たすものである。短期的な利益を考えるものではないと。これは自己矛盾である。
ヒトゲノム計画を進めるために,オーダーメイド医療などとすぐに役立つことを並び立てる。そうではなく,ただ,ヒトのゲノムのすべてを知ることからはじめようという,科学のロマンを前面に出した方が,わたしとしては納得がいくのかもしれない。

このようなわたし個人の思いとは関係なく,巨大プロジェクトは進行し,終わりを迎えた。日本で中心的な仕事を成し遂げた著者には,本書では言い切れないほどのさまざまな苦労があったことだろう。そのようなことにはあまり触れず,あっさりとした記述だ。
クリント大統領の仲介によるドラフト配列解読宣言は,アメリカのバイオベンチャーと,アメリカ政府の国際チームへの取り組みのいずれをも守る,手打ち式であった。このようなことに振り回されたり,日本政府の対応の遅さなど,ほんとうはかなりの苦労をしたのだろう。
いまとなっては,そのようなことよりもポストシーケンス。そんな印象を受ける。

1000ドルゲノムプロジェクトなど,たいへん興味深い取り組みではある。しかし,究極の個人情報である個人の塩基配列を,どのように扱うのかという倫理面での議論も,もっと多方面で行われるべきだろう。実際に,そのような議論も進んでいるのだろうが,本書では,そこまで扱う余裕がないのだろう。
メタゲノム解析の成果についても,これから注目していきたい。ある環境全体のゲノムを解析することにより,新しい遺伝子が見えてくるという。いままでは,培養できる生物の遺伝子を調べてきた。しかし,培養できる生物はほんの一部であり,ある環境で生息している生きものは,ほんとうに多様である。それらは複雑に関係し合って生きている。その中には,いままで知られていない遺伝子があり,新しい発見が期待される。

ただ,ここでも,有益な遺伝子の発見,その経済的効果に,多くの人々が集まってくるのだろう。生命科学は,21世紀を大きく変えるものだと言われている。でも,「生命とは」という根源的な問題について,生命科学が大きな役割を果たすと言うことも,もっと主張してもよいのではないだろうか。
これはわたしの個人的な趣味の問題であった,本書とは関係はないのだが,この機会に書いておきたい。