「「生きている」を見つめる医療」

医師になる学生対象にした講義をまとめたもの。生物学の内容をていねいに紹介しながら,生きものとしてのヒトを見つめていく。生物の本をいろいろと読みあさったつもりだが,この本ではじめて知ることも多かった。それらを中心に,興味をもった内容をまとめてみよう。

医師になる学生対象にした講義をまとめたもの。生物学の内容をていねいに紹介しながら,生きものとしてのヒトを見つめていく。生物の本をいろいろと読みあさったつもりだが,この本ではじめて知ることも多かった。それらを中心に,興味をもった内容をまとめてみよう。

「第一章 生まれる」では,生殖の概念から先天異常,さらに生殖医療にいたる。両親から受け継いだ染色体が,減数分裂時の組換えによって,子の代で混じり合う。減数分裂を知っていても,このようなとらえ方はなかなかできていなかった。
女性では,一方のX染色体が不活性になる。他の染色体においても,特定のDNA配列が,父親由来,母親由来のどちらかしか働かないことがあるらしい。この現象を遺伝子のインプリンティング(刷り込み)という。父親由来のみ働くものをPEG(Paternally expressed),母親由来のみ働くものをMEG(Maternally expressed)とよぶ。マウスの6番染色体にあるPEG10遺伝子は,父親由来のものしか働かず,父親由来の遺伝子が働けない場合,胎盤が形成されない。
また,本来は,父親由来と母親由来の1本ずつあるはずの染色体が,父親もしくは母親のどちらか一方でペアをつくる異常(片親性ダイソミー)がある。この場合,遺伝子の発現量が異なり,先天異常になる。染色体の数が3つになるトリソミーは知っていたが,片親性ダイソミーははじめて知った。
酒に強いかどうかを決めるALDH遺伝子。両親から受け継いだ2つのうち,どちらか一方が不活性だと,つるられる酵素の活性は大きく失われる。ALDH遺伝子がつくるタンパク質は,4つが会合して機能する。その4つのうち1つでも不活性型があると,酵素活性が大きく失われるからである。
遺伝子の働きを知る方法が飛躍的に進歩した。いままでは,現れている異常から原因遺伝子を探した。つまり,表現型→遺伝子型(正遺伝子学,forward genetics)という方法である。現在では,遺伝子を操作し,遺伝子型→表現型(逆遺伝子学,reverse genetics)という手法が使われている。
アミノ酸の並びが,立体構造をもつようになるには,シャペロンというタンパク質が必要になる。シャペロンは,多少の配列のミスをも補うことがあるらしい。熱ショックタンパク質(heat shock protein:HSP)がその例。

「第二章 育つ」では,病気の内因と外因を考える。感染症と免疫の話題,さらに遺伝子治療やアレルギーについて触れられている。
医学はヒトを,生物学はヒト以外を扱う学問であった。19世紀に入って,「生物は進化し(進化論),細胞でできており(細胞説),遺伝子を伝え(遺伝の法則),化学反応で支えられている(生化学)」ことが発見された。さらに,20世紀になって,生化学も遺伝も進化も,DNA(ゲノム)を基本に働いていることがわかり,医学と生物学は接近し,医療に科学技術が使われるようになった。
細菌は堅い細胞壁をもっている。これは,セルロースからできている植物の細胞壁とは異なり,ペプチドグリカンという糖タンパク質でできている。リゾチームやペニシリンは,この糖タンパクの合成を阻害する。また,ストレプトマイシンリボソームに作用するが,細菌など原核生物とわれわれ真核生物とは,リボソームの構造が異なり,原核生物だけに作用する。
ニワトリのファブリキウス嚢を除去すると,免疫反応が見られなくなることがわかった。B細胞のBは,鳥類がもつファブリキウス嚢(Bursa Fabricci)による。
アトピー性皮膚炎や喘息は,IgEだけでなく複数の因子が関係している。IgEは寄生虫防御の役割をしていたが,寄生虫感染が減ったため,アレルギーが増えたという説がある。また,清潔になったため,IgGがあまり活発にならず,IgEがそれを補っているためにアレルギーが増えたという説などがあり,まだはっきりとしたものはわかっていない。

「第三章 暮らす」では,生活習慣病と体質がおもなテーマ。がんについても触れられている。
インスリン受容体にインスリンが結合した細胞は,細胞膜にあるブドウ糖の通り道(トランスポーター)を開いて,ブドウ糖を細胞内に取り込む。だから,インスリンは血糖値を下げる。インスリンの働きは,血糖値を下げると言うよりは,細胞に糖分を取り込むといった方がよい。
個人間,集団間で,ゲノムのどの場所にどのくらいの多型があるかを調べる,国際共同研究がHapMap。ヒトはアフリカを起源とし,いっきに世界に広がったため,ゲノムの多型は共通しているものが多い。

「第四章 老いる」では,脳を中心にして,老いを扱う。
昆虫は腹側に神経が走っている。腹部の体節には神経の集合が複数あり,分散脳となっている。脊椎動物は背側に神経があり,頭部に神経のかたまりである脳がある。昆虫は無駄のない小さい脳,脊椎動物は無駄の多い大きな脳。
神経が一度だけ交叉するのは,ハエもサカナもヒトも共通。これは,危険な刺激を受けたとき,反対側の筋肉を収縮させて逃げるためかと。仮説でしかないが,なかなかおもしろい考えだ。
脳の老化を防ぐため,計算問題を解くことが効果的だという話題に対して,批判的な説明を加えている。確かに,計算をしていればよいわけではないと思う。

「第五章 死」では,生命誌を通して死を考える。
二倍体になり,ゲノムの相互作用により,より多様な組み合わせを生み出した。そして,性とともに死が生まれる。
遺伝子の中でも,大切な機能をもつものは,種間での多様性が少なく,進化の過程でも保存されてきている。そのため,ヒトでも大腸菌でもよく似ている。
遺伝子だけでものごとが決まるわけではない。DNAのメチル化,ヒストンのアセチル化のようなゲノムのエピジェネティックな変化は,徐々に蓄積されていくため,一卵性双生児も,年齢を重ねるごとに,その差が広がっていく。

いつもながら,感想ではなく,内容の記録。それも勝手に感動した内容だけを拾い上げている。自分のためのものなので,まあそれでしかたがない。