昨年7月29日にグループホームに入った義母。その後はずっと家に戻ることはなかった。正月くらいはと思って,一時帰宅を女房が準備。午前11時頃に迎えに行き,自宅に戻って一緒に昼食。そこでおせちなど。それから自宅付近を散歩。午後4時頃に送って予定で手配。天気予報は雪だったが,午前中は晴天。こんな天気が午後も続くことを願ったが,残念ながら午後からは雪が降ったりやんだりだった。
午前10時45分頃に家を出て,11時頃にグループホームに。すでに母は準備して待っていた。女房が手を引いて車まで。そのまま自宅へ。久しぶりの家だが,母はそれほど興奮したようすもなく,いつものように椅子に座ったり立ったり。すぐに昼食に。
小さな重箱のおせちを広げ,雑煮も出した。餅はのどに詰まらせるといけないので,白玉粉でつくった小さな団子にした。雑煮は,ブリが少し魚臭く,それが苦手なようでほとんど手をつけなかったが,重箱のおせちはあれこれ食べた。特に黒豆は気に入ったようで,何度もスプーンですくって食べていた。
ごちそうさまと言って立ち上がると,ちょうど視線に重箱が。で,また座っておせちを食べ始める。それを3回ほど繰り返してから,ほんとうにごちそうさまになった。それからベッドに横になるが,すぐに起きてきたミカンを食べた。ミカンは半分に割って,その半分を食べて,残りをポケットに入れる。そしてしばらくしてまた新しいミカンを半分だけ食べてポケットに。最後には,半分のミカンが3切れ,ポケットから出てきた。
その後,立ち上がって玄関の方に。トイレかと思ったら,以前と同じように,庭に出てぐるっと一周。家に入ってしばらくして,またもう一週した。この行動はどういう意味があるのか不明だが,女房が世話をしはじめてしばらくした頃からずっとやっている。
雪が激しく降っていたが,このまま外に行かないのも残念なので,思い切って出かけることに。私が車椅子を押して近所のコンビニに。そこで好きなものを買った。小さなビスケットとバターロールや菓子パンなど。買ってもすぐに忘れてしまうので,ただ買うだけになった。
コンビニで買い物をしている頃に息子が仕事から帰ってきて,そのままコンビニまで来てくれた。帰りは息子が車椅子を押す。激しい雪。車椅子の母は,膝掛けなどに乗る雪をときどき払っていた。こんなときに外に出なくてもよかったかも,と少し反省。
帰宅後は年賀状をながめた。コンビニで年賀状も買ったので,届いた年賀状の返事をそれで。母にはサインだけをたのみ,宛名などは女房が書いた。名前を書いたりしたのが刺激になったのか,年賀状を読み始めた。眼鏡なしで結構見えている。ひ孫の写真を見て,かわいい子だね,と。ひ孫であることは認識できていないようだ。
帰宅後は抹茶(もしかすると,出かける前だったかもしれない,5日に書いているが,すでに記憶があいまい)。
その後,仏壇まで二度ほど行って,その都度,鈴をならす。息子がずっとつきあっていた。孫であることをあまり意識できていないようだ。施設の介護者に対するように,その都度,お礼を言っている。
グループホームに戻る時間が近づいたとき,ちょうど雪がやんだ。せっかくなので,もう一度車椅子にのせて外へ。近所のポストまで行って,さっき書いた年賀状を投函。それからぐるっと遠回りして帰宅。ずっと息子が押してくれた。
この散歩で撮った写真。
帰宅後,準備して母をグループホームまで送っていく。母はどういう思いなのか,素直に車に乗って,そのままグループホームの自分の部屋に。ホームに戻って,介護士に「娘さんと一緒でよかったね」と声をかけられたとき,うなずいているようすから,娘とその夫といま一緒にいるんだとわかったように見えた。どこまでわかっていて,どこからがわからないのか。斑状態のように思う。
夕食は焼肉。31日,1日と2日間の仕事を終えた息子とともに,ビールなどを飲みながらワイワイやった。