父のようすが心配

正月だ。朝からおせち料理を肴に軽く一杯。静かでのんびりとした午前。しかし,暮れのようすから,父のことが心配だ。娘は,暮れに友人とディズニーリゾートに遊びに行った。そのみやげを父に渡したいと言う。昼食に餅を食べてから,二人で病院へ出かける。

1時半ごろに家を出て,バスと地下鉄を乗り継ぎ,2時過ぎに病院に着く。妹が来ていた。きょうも反応はない。ほとんど目も閉じている。こちらの声は聞こえているのかもしれない。反応する気力がないようにも思える。
胃に栄養を直接入れていたときは,まだ話をしたり,動いていたりしていた。それができなくなり,点滴だけになると極端に元気がなくなる。以前に一度,胃からの栄養をやめたときも,反応が鈍くなった。胃腸から栄養が吸収できるとできないとでは,これだけ差があるものかと実感する。
娘は,愛知万博のみやげには光るモリゾーを買った。父はそれを気に入り,ずっとながめていた。「おじいちゃんは電球や電池を卸す仕事をしていたので,光るものが好きなんじゃあないの」と娘に言うと,娘も納得して喜んでいた。しばらく,点滴の支柱につるしていて,看護師にも人気だったようだ。
そんなことがあったので,今回のみやげも光るもの。今度はミッキーマウスが光る。でも,きょうはまったく反応がない。娘が声をかけても,目を閉じたままだ。
父の頭がベッドの枠に触れるほど,からだが上方になっていた。頭が枠に当たってはよくないだろうと思い,わたしがからだを持ち上げて少し下げた。いくらやせたと言っても,それなりに重い。力を入れてからだを移動させたとき,びっくりしたのか一瞬目を開いた。妹が声をかけたが,そのまままた目を閉じてしまった。
1時間ほど病室にいて,そのまま帰宅した。状態はかなり悪い。

夕方からは一緒に夕食を食べるために義母の家に家族で出かける。わが家から大きな鍋や材料を持参。歩いて1分程度なので便利だ。鍋をつつき酒を飲む。最後は雑炊。雑炊をつくるのはわたしの仕事。
皆が後かたづけをしている間,わたしは一眠り。起こされて帰宅。きょうは持ち帰った仕事をする気になれず。