母に会いに行く

29日にグループホームに入った母のことが心配だ。今日の午後,女房と二人で会いに行った。

午後1時45分頃に家を出て2時頃に着いた。そのグループホームは,外見はふつうの家のようだが,エレベーター付きの3階建てで,それぞれのフロアには勝手に外に出られないような扉がある。電話で確認したら,直接,母のいる3階までどうぞとのことだったので,玄関を入ってエレベーターで3階へ。扉の横のボタンを押すとロックが解除した。外からはこのように簡単に解錠できるようだ。

母は私たち二人にすぐに気付いたようで,娘夫婦が来たと介護士に話していたようだ。ちょうど,介護士に手を引かれて,皆のいるリビングダイニングまで,部屋からやってくるところだった。もう一度部屋に戻り,母と女房,私の三人でしばらく話をする。

母は,もう大変,という言うが,何が大変かと聞くと,そりゃあもういろいろ,とこたえるだけで,何なのかよくわからない。環境が変わったことで,やや混乱しているのだろう。トイレが部屋にないことが困ると言っていた。ただ,母の部屋の隣がトイレで,そのすぐ近くに,あと2つトイレがある。それほど困ることはないのだが,自分の家で自由に過ごしていた身には,やはり気を使うのだろう。

BSも見られるようにと,テレビのアンテナ線に分波器を取り付けたが,部屋にあったアンテナ端子は地デジだけだったようで,BSは見ることができなかった。さびしくてテレビをつけるようだが,特別に見る番組があるわけでもないので,BSはあきらめることにした。

こんなところにいるから,どこかに食事に連れて行ってあげられない,と母が言う。お昼は食べたんでしょ,と女房が母に聞くと,食べてないと。そんなことはないでしょ,もう2時過ぎているよ,と女房が言うと,え,もうそんな時間,それなら食べたはずだ,となる。

こんな調子のやりとりをしばらくした後,母の方から,もう帰ってもいいよ,と言う。人とのやりとりをするのが疲れるのだろうか,しばらく前からこんなふうだ。あまり長くいても,話すこともつきるし,やることもない。元気にやっているようなので,介護士にまかせて帰ることに。

帰宅途中に買い物。手軽に使える腕時計が欲しいと女房。まずはイオンモールに寄ったが手頃のものがない。近くのホームセンターに行ったが同じ。ホームセンターで腕時計を買おうとするのには,ちょっと無理があった。でも,そこで氷を食べて一休み。

そのまま家の近所のスーパーマーケットに行って食料品を買う。家に帰ったのは5時頃だった。

母は,わかっているようでわからなく,わからないようでわかっている。いま,自分がどこにいるのかはよくわかっていないだろう。そして,どうしてここにいるのかはわかっているのだろうか。家では皆に迷惑をかけると思っているのかも知れない。そのようなことがすべてわかった上で,いまの状況を,大変だといいながらも受け入れているのだろうか。

このグループホームに入る前にはショートステイで家を出ていた。いままではせいぜい4日間くらいだったのだが,そのときは2週間以上も家をあけていた。途中に主治医である近所の医院に診察に行ったが,家に帰ると言わず,ショートステイの施設にそのまま戻っていた。

そして,そのショートステイの施設から直接,今回のグループホームへ。そろそろ家に帰りたくなっているのではないかと心配していたが,そのようなことはまったく口にしない。これもわかってのことなのか,それともそれも気にしなくなっているのか。

本当のことは母にしかわからない。ただ,自宅の住所を問われたとき,60年以上も前に出た実家の住所を言った。また,まだ自宅にいるときに,女房に実家に帰ると言ったことが何回かある。母にとって,気持ちの上での自宅は,自分が生まれ育った実家になっているのかもしれない。