「新型インフルエンザ」

新型インフルエンザ―世界がふるえる日 (岩波新書)

新型インフルエンザ―世界がふるえる日 (岩波新書)

これまでの感染の歴史から,ウイルス変異のしくみなど,幅広い情報がまとまっている。「ウイルスとの共生を考える医学」という生態学的な視点は興味深い。また,近未来の物語であるプロローグは,日本でも鳥インフルエンザでニワトリの大量死が報道されているいま,リアルであり考えさせられる。

以下は,感想と言うよりは,将来インフルエンザについてまとめるための覚え書き。

インフルエンザには,A型,B型,C型がある。C型は軽い風邪症状,B型は季節性のインフルエンザ。大きな被害をもたらすものはA型。
インフルエンザウイルスは変異する。A型ウイルスの表面には,HA(ヘマグルチニン)とNA(ノイラミニダーゼ)という2種類のタンパク質がある。そして,HAには5つ,NAには9つの変異型がある。H1N1からH5N9まで,いろいろな組合せができる。
同じ宿主に異なるウイルスが感染すると,その遺伝子を組換えることにより,新しい組合せが生まれる。このようなしくみで起こる組換えをシフトという。
また,それぞれのタンパク質をコードする遺伝子に突然変異が生じることもある。これによって,タンパク質が変化し,抗原としての性質も変わることがある。これをドリフトという。

感染症に致死率について。流行の初期では,重症例だけが医療機関にやってくる。重症例であるため,死亡する割合も高くなる。したがって,新しい感染症は,報告される初期段階には,致死率が高くなる傾向がある。
たとえば,エボラ出血熱やラッサ熱などは,初期に報告された致死率は高かったが,その後,低くなってきたという事実がある。

第一次世界大戦時のインフルエンザ流行はすさまじいものであった。そのため,第二次世界大戦がはじまると,アメリカはインフルエンザワクチンの開発に力を注いだという。戦後,その研究からポリオワクチンが開発された。ポリオワクチン接種によって,ポリオを地球から一掃する日も近づいている。

HAタンパク質は細胞への侵入に,NAタンパク質は細胞からの遊離に,重要な働きをしている。NAタンパク質の働きを阻害すれば,ウイルスの感染細胞からの遊離を阻止できる。そのような働きをするのがリン酸オセルタミビル(タミフル)。

強毒性と弱毒性について。HAタンパク質の解裂部分にアルギニンが1つしかない場合,HAタンパク質を解裂できるのは,ヒトの気道上皮細胞,水鳥の腸管上皮細胞にあるタンパク質分解酵素だけ。しかし,アルギニンの繰り返し構造があると,すべての細胞でHAタンパク質を解裂できるようになる。つまり,全身のどこにでも感染することになる。このようなウイルスを強毒性,アルギニンが1つのみのものを弱毒性という。

インフルエンザは温帯地域の冬に流行するというのは誤解だ。マラリアやテング熱と診断されていた患者の何割かが,実はインフルエンザだったのではないかと言われている。世界中で影響を出しているインフルエンザの年間の死者は100万人とも言われ,結核による200万人,マラリアによる100万人に匹敵するとも。

インフルエンザは天体の運動に関係があると思われていた。「天体の影響」という意味で,「インフルエンツァ」と呼ばれていた。

北里と東大医学部の対立。ペスト菌の発見,インフルエンザの原因を巡るものなど。陸軍軍医本部(森鴎外)も巻き込んみ,さまざまな影響を残した。

鳥インフルエンザは家禽ペスト呼ばれていた。そして,その原因ウイルスの発見は,ウシ口蹄疫ウイルス,タバコモザイクウイルス,アフリカ馬疫ウイルスに継ぐもので,1902年であった。その当時,それがA型インフルエンザウイルスであることには気付いていなかった。それがわかったのは1955年。一方,ヒトインフルエンザウイルスの発見は1933年。

病原性の低いウイルスが死滅すると,そのニッチを埋めるように新しいウイルスが感染する。その新しいウイルスの病原性が高いと,動物にとっては問題だ。つまり,ウイルス感染が,別のウイルス感染の防波堤になっているということも意識する必要がある。

医療生態学的な中長期の視点と,身近な危険なウイルスからヒトを守るという医学的な短期の視点。この2つの視点が必要だ。